バンド内問題/トラブルや喧嘩話

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昨日、バンドの成功ノウハウについてレビューさせて頂いたのですが、過去の私は本当に失敗が多かったと思います。

私は何度もバンドやユニットを作っては解散をしました。今日は、そのお話しをしてみようかなと思います。

バンドメンバーと、どのようなトラブルや喧嘩があったのでしょうか?下を読んでみてください。

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自分の思いどおりの活動がしたくて

最初のコピーバンドを辞めた理由は、自身のオリジナルバンドを作ったからです。

そのコピーバンドでは喧嘩という喧嘩はありませんでした。

リーダーが僕ではなかったので、意志決定は僕には必要なかったのです。

ですが、自分の意志決定をするようになってからは、色んなメンバーと揉めました。

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メジャーを目指すために作ったオリジナル曲をやるバンドでは、まずギタリストとぶつかりました。

コピーバンドのギタリストと比較すると、見劣りするギターのレベルだったのです。

僕:「もうちょっと個人練習、頑張った方が良いんじゃね?」

ギタリスト:「そやん言ってもね~。すぐに上手くなるのは無理ばい。」

僕:「あの人に教えてもらったら?お前より上手い人に教えてもらった方が上達早くなると思うよ。」

ギタリスト:「人に教えてもらうとか、俺のプライドが許さん」

僕:「お前のプライドとか知らん。バンドで売れるために必要か?それ。そんなプライド捨ててしまえや」

ギタリスト:「なんでお前にそんなこと言われないかんとや?あ”ゴルァ(怒)」

僕:「だったらもうちょっとまじめに練習して上手くなれや!ゴルァ(怒)」

というような、ガキの喧嘩でしたww

僕も歌のレベルそんなに高くなかったのにね^^;

結局、そのギタリストは実力不足と感じ、自分からバンドを脱退。

新しいギタリストが加入しました。

そのギタリストはギターの腕はけっこう上手い方でした。

ですが、すべてを自分の思うように転がそうとする厄介な性格だったのです。

そういうところで、その新ギタリストとも揉めました。

僕はその頃、まだ曲を作れない時期で、曲を作るのはギタリスト。

曲を作るということは、楽器隊をまとめるのもギタリストになっていきました。

そうこうしているうちに、楽器隊だけで集まることが多くなり、その頃の自己中心的なやり方の僕のことをメンバー内にコソコソと言って回るようになったのです。

新ギタリスト:「メノルンさんのやり方ってどうなの?あんなやり方してちゃ絶対にメジャーは無理だよ」

他の楽器隊:「なるほどね~。」

新ギタリスト:「だいたい、いきなりメジャー目指すよりも、まずはインディーズでCD出すべきでしょ。」

他の楽器隊:「確かに言われてみればそうかも。」

新ギタリスト:「俺が思っている構想はね、こうこうこうで、メノルンさんとは違う構想を練ってるんだよね。」

後々マネージャーから聞いた話によると、そんな話をしていたとかどうとか。

結局、バンドは解散。

何人かの楽器隊は、新ギタリストが立ち上げたバンドに加入した形になって、いわゆるメンバー乗っ取りみたいな形になりました。

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その一件で僕は、「あ~、本当に自分のやりたい事をやるためには、作詞だけじゃなくて作曲もできるようにならなきゃダメだな。」と思い、作曲もやって行くようになりました。

その後、上京をして、ギタリスト兼・作曲家とユニットを組みました。

そのユニットでも、揉めました。

僕:「曲は良いのできてるんだからさ、とりあえずライブやろうよ。ライブやらないとお客さん集まんないよ。」

ギタリスト兼・作曲家:「そうだな~。でも俺あまりギターに自信がないんだ。」

僕:「じゃあ練習しようよ。B’zみたくさ、ボーカルとギターのユニットだったら、ステージに立つとかっこいいじゃん!」

ギタリスト兼・作曲家:「いや~、俺はまだライブはいいや。やるんなら、メノルンだけステージに立ってカラオケ流しながら歌えばいいじゃん」

僕:「え。。それはないな~。。」

後日、

僕:「俺、ユニット辞めるわ。」

ギタリスト兼・作曲家:「なんでだよ~。あんなにユニットで頑張って行こうって言ってたじゃん!」

僕:「俺、もっとライブ活動やって行きたいんだ。しかもカラオケじゃなくて、楽器隊をちゃんと揃えてバンド形式でやりたい。だからこのユニット辞める。そして自分でバンド組む。」

ギタリスト兼・作曲家:「そんなんだから、何やっても上手くいかないんだよ~。自分のわがままばっかりじゃん!」

僕:「確かに、俺わがままだからね。でも、そっちには◯◯ちゃん(他にユニット組んでる子)もいるから俺がいなくなっても大丈夫だと思うよ~。」

ギタリスト兼・作曲家:「◯◯は関係ないよっ!俺にはどちらも必要なんだ!」(密かにその子と付き合ってたから守りに入った)

という、なんだかよくわからない形で、終わりました。

その後は、PCを使って、自分で作曲し、自分で作詞をし、サポートの楽器隊を集めて、バンド形式のソロ・プロジェクトを長くやりました。

楽器のサポートメンバーは、色々な都合もあるので、楽器隊は入れ替わり立ち代わりでしたが、これが一番性にあっていたのかもしれません。

自分のやりたいことをやるために、独立採算制のすべて自己責任。

それでも、サポートをしてくれた楽器隊に大きく助けてもらって、ミニ・アルバムやシングルを作成できることができて、感謝しています。

ドラムのレコーディングやミキシングなんか、10万以上するところを、タダ同然でやってもらったり。

ブログで「すごいボーカリストいるよ~」って書いてくれて、お客さんを分けてくださったり。

◯田さん、◯谷さん、ア◯ラさん、◯る◯ちさん、その他大勢のサポートをしてくださった方、ありがとうございました。

話がちょっとズレましたが、相手に依存した活動をするのであれば折れなきゃいけない部分もたくさんあるんですよね。本当は。

自分が作曲できなければ、作曲できる人の意見に合わせなければいけないし、自分がまとめる器が無ければ、まとめてくれる人に歩み寄らなければいけない。

ですが、僕はそれが出来なかった。

だから、作詞も作曲も歌も、ギターやベースやドラムのアレンジも、全部一人でやることに決めた。

CDを作るお金も、ライブをするお金も、全部自分で払うと決めた。

これが、自分の意志を通せる唯一の道だと思っていましたから。

小学校や中学校のころ、自分の意志を口に出して言う勇気を持っていなかったんですよね。僕。

初めて、自分で「これがやりたい!」と意思表示したのが音楽でしたから。

だから、音楽に関しては、他人の意志ではなく、自分の意志で動きたかった。

実際、それができて良かったと思います。

その活動のおかげで、けっこう大きな借金ができちゃいましたけどね~(汗)

借金の話はまたこんど^^

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